芝大神宮
芝大神宮
所在地:東京都港区芝大門1-12-7
主祭神:天照皇大御神、豊受大神
旧社格:府社
特記:準勅祭社(東京十社)

芝増上寺近くに鎮座する神社。
創建は1005年と伝わる。
古くは飯倉神明宮、芝神明宮と称され、
源頼朝や徳川代々将軍の庇護を受け、
「関東のお伊勢さま」として数多くの人々の崇敬を集めた。
1868(明治元)年には根津神社や神田神社などと共に、
東京の鎮護と万民の安泰を祈る神社として準勅祭社に指定されたが、
1871(明治3)年に準勅祭社制度が廃止され府社とされた。
現在この準勅祭社であった十社は、
「東京十社」として共同の参拝企画などを行っている。

境内入り口にある石製の靖国鳥居。
見づらいが足元には薄い円形の台石がある。
非常にシンプルな印象を受ける鳥居。
【参拝案内】(電車の場合)
都営地下鉄浅草線・大江戸線大門駅から歩いてすぐ。
A4・A5・A6いずれの出口からも1分とかからない。
JRの浜松町駅、都営三田線御成門駅からも歩いて5分ほど。

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所在地:東京都港区芝大門1-12-7
主祭神:天照皇大御神、豊受大神
旧社格:府社
特記:準勅祭社(東京十社)

芝増上寺近くに鎮座する神社。
創建は1005年と伝わる。
古くは飯倉神明宮、芝神明宮と称され、
源頼朝や徳川代々将軍の庇護を受け、
「関東のお伊勢さま」として数多くの人々の崇敬を集めた。
1868(明治元)年には根津神社や神田神社などと共に、
東京の鎮護と万民の安泰を祈る神社として準勅祭社に指定されたが、
1871(明治3)年に準勅祭社制度が廃止され府社とされた。
現在この準勅祭社であった十社は、
「東京十社」として共同の参拝企画などを行っている。

境内入り口にある石製の靖国鳥居。
見づらいが足元には薄い円形の台石がある。
非常にシンプルな印象を受ける鳥居。
【参拝案内】(電車の場合)
都営地下鉄浅草線・大江戸線大門駅から歩いてすぐ。
A4・A5・A6いずれの出口からも1分とかからない。
JRの浜松町駅、都営三田線御成門駅からも歩いて5分ほど。

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武蔵国府八幡宮
武蔵国府八幡宮(府中八幡宮)
主祭神:誉田別命
所在地:東京都府中市八幡町2-33

大國魂神社の境外末社として鎮座する神社。
創建は聖武天皇の御世(724-749)の創建と伝わる。
国府八幡宮は各国の国府近くに国衙や国分寺の鎮守神として、
「一国一社の八幡宮」の一つとして創建されたもので、
武蔵国府があったこの地に創建されたのがこの武蔵国府八幡宮である。
今では境内こそ緑化公園となっており広いものの、
社殿自体は小さく物寂しさを感じさせられる。
また参道途中に踏切があり、京王競馬場線が横切っている。

旧甲州街道に面した一の鳥居。
石製の明神鳥居。
柱には内外両側から楔が打たれ、額束には題学が掛けられている。
足元には蓮華座状の台石がある。
反り増しはあまりつけられていない。

踏み切りをわたったところにある二の鳥居。
石製の明神鳥居。
楔は両側から打たれ、額束に題額はない。
足元には方形台石と亀腹が見える。
しっかりとつけられた転びに対し、反り増しは弱め。
柱もほっそりとしていてスマートな印象を受ける。

社殿前にある三の鳥居。
石製の明神鳥居。
楔は外側からしかない。額束に題額はない。
足元には蓮華座状の台石が確認できる。
二の鳥居以上に細い柱で、笠木・島木も細く頼りない印象を受ける。
【参拝案内】(電車の場合)
京王競馬場線の府中競馬場前で下車。
府中競馬場へ向かう連絡通路には乗らずに左へ向かう。
あとは線路沿いに進んでいくと、踏み切りのところで参道にぶつかる。

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主祭神:誉田別命
所在地:東京都府中市八幡町2-33

大國魂神社の境外末社として鎮座する神社。
創建は聖武天皇の御世(724-749)の創建と伝わる。
国府八幡宮は各国の国府近くに国衙や国分寺の鎮守神として、
「一国一社の八幡宮」の一つとして創建されたもので、
武蔵国府があったこの地に創建されたのがこの武蔵国府八幡宮である。
今では境内こそ緑化公園となっており広いものの、
社殿自体は小さく物寂しさを感じさせられる。
また参道途中に踏切があり、京王競馬場線が横切っている。

旧甲州街道に面した一の鳥居。
石製の明神鳥居。
柱には内外両側から楔が打たれ、額束には題学が掛けられている。
足元には蓮華座状の台石がある。
反り増しはあまりつけられていない。

踏み切りをわたったところにある二の鳥居。
石製の明神鳥居。
楔は両側から打たれ、額束に題額はない。
足元には方形台石と亀腹が見える。
しっかりとつけられた転びに対し、反り増しは弱め。
柱もほっそりとしていてスマートな印象を受ける。

社殿前にある三の鳥居。
石製の明神鳥居。
楔は外側からしかない。額束に題額はない。
足元には蓮華座状の台石が確認できる。
二の鳥居以上に細い柱で、笠木・島木も細く頼りない印象を受ける。
【参拝案内】(電車の場合)
京王競馬場線の府中競馬場前で下車。
府中競馬場へ向かう連絡通路には乗らずに左へ向かう。
あとは線路沿いに進んでいくと、踏み切りのところで参道にぶつかる。

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大國魂神社
大國魂神社
所在地:東京都府中市宮町3-1
主祭神:大國魂大神

甲州街道に面し、JR府中本町駅と京王府中駅にはさまれた土地に鎮座する神社。
武蔵の國の総社であり、武蔵国中6社を勧請合祀したので六所宮とも称せられる。
創建は111年、景行天皇41年と伝わる。
当時の武蔵国造が奉仕してたが、
国造制が廃され国郡制が敷かれるようになると、
この地に国府が置かれ国司が代わって奉仕するようになった。
本殿は1つの建物に3殿が配祀されており、
中央には大國魂大神・御霊大神・国内諸神が、
向かって左には一ノ宮小野大神・二ノ宮小河大神・三ノ宮氷川大神が、
右には四ノ宮秩父大神・五ノ宮金佐奈大神・六ノ宮杉山大神がそれぞれ祀られている。

甲州街道に面した大鳥居。
石製の明神鳥居で足元には亀腹が確認できる。
楔、額束はあるが題額は無い。
高さに比べて横幅があるためか、非常にどっしりとした印象を受ける。

西側の脇参道入り口にある鳥居。
石製の明神鳥居で足元には方形の台石がある。
比較的転びの少ない直線的な鳥居である。
笠木も薄くスマートな印象を受ける。

こちらは東側脇参道の鳥居。
石製の明神鳥居で足元には亀腹が確認できる。
こちらも転びが少なく、反り増しも弱いので直線的に感じられる。

境内末社の稲荷神社の鳥居。
この稲荷は旧町名神戸(ごうど)地区の人々から崇敬を集めているので、
神戸稲荷とも呼ばれる。
短い参道には折り重なるように2基の鳥居があり、これは一の鳥居。
木製朱塗りの宗忠鳥居。
宗忠鳥居は非常に珍しい鳥居であり、
柱と笠木は丸太、柱より突き出た貫は角材で構成され、
楔と額束があるのが特徴である。

こちらは二の鳥居。
木製朱塗りの明神鳥居。
柱のみが腐食したのか新しい木材を使用されている。

摂社宮乃弯声劼猟撒錙祭神は天細女命。
創建は本社と同年代と伝わる。
石製の明神鳥居で足元には方形の台石と亀腹があり、
楔と額束も確認できる。
脇参道の鳥居よりもさらにスマートに感じられる。

参道途中の忠魂碑前の鳥居。
石製の神明鳥居で足元には方形台石、亀腹が確認できる。
島木がちょっと長めに感じられる。

末社の大鷲神社・住吉神社の鳥居。
色は褪めてしまっているが朱塗りの明神鳥居。
非常に細身で頼りない印象を受ける。

末社巽神社の鳥居。
元は市神社のという名の弁財天を祀った神社であったが、
現在の本殿東南(巽)の方角に遷座したことからその名がついた。
石製の靖国鳥居で足元には方形台石と亀腹が見える。

末社松尾神社の鳥居。
苔むした石製明神鳥居で、足元には蓮華座状の台石がある。
【参拝案内】
電車の場合、京王線府中駅、JR府中本町駅どちらからも近く徒歩5分とかからない。
こんもりと見える杜を目印に歩けばまず迷うことはない。
車の場合中央道国立府中ICからでも調布ICからでもよく、
旧甲州街道「大國魂神社前」と「大國魂神社東」の間を瑞垣に沿うように曲がると、
有料の駐車場が確認できた。

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所在地:東京都府中市宮町3-1
主祭神:大國魂大神

甲州街道に面し、JR府中本町駅と京王府中駅にはさまれた土地に鎮座する神社。
武蔵の國の総社であり、武蔵国中6社を勧請合祀したので六所宮とも称せられる。
創建は111年、景行天皇41年と伝わる。
当時の武蔵国造が奉仕してたが、
国造制が廃され国郡制が敷かれるようになると、
この地に国府が置かれ国司が代わって奉仕するようになった。
本殿は1つの建物に3殿が配祀されており、
中央には大國魂大神・御霊大神・国内諸神が、
向かって左には一ノ宮小野大神・二ノ宮小河大神・三ノ宮氷川大神が、
右には四ノ宮秩父大神・五ノ宮金佐奈大神・六ノ宮杉山大神がそれぞれ祀られている。

甲州街道に面した大鳥居。
石製の明神鳥居で足元には亀腹が確認できる。
楔、額束はあるが題額は無い。
高さに比べて横幅があるためか、非常にどっしりとした印象を受ける。

西側の脇参道入り口にある鳥居。
石製の明神鳥居で足元には方形の台石がある。
比較的転びの少ない直線的な鳥居である。
笠木も薄くスマートな印象を受ける。

こちらは東側脇参道の鳥居。
石製の明神鳥居で足元には亀腹が確認できる。
こちらも転びが少なく、反り増しも弱いので直線的に感じられる。

境内末社の稲荷神社の鳥居。
この稲荷は旧町名神戸(ごうど)地区の人々から崇敬を集めているので、
神戸稲荷とも呼ばれる。
短い参道には折り重なるように2基の鳥居があり、これは一の鳥居。
木製朱塗りの宗忠鳥居。
宗忠鳥居は非常に珍しい鳥居であり、
柱と笠木は丸太、柱より突き出た貫は角材で構成され、
楔と額束があるのが特徴である。

こちらは二の鳥居。
木製朱塗りの明神鳥居。
柱のみが腐食したのか新しい木材を使用されている。

摂社宮乃弯声劼猟撒錙祭神は天細女命。
創建は本社と同年代と伝わる。
石製の明神鳥居で足元には方形の台石と亀腹があり、
楔と額束も確認できる。
脇参道の鳥居よりもさらにスマートに感じられる。

参道途中の忠魂碑前の鳥居。
石製の神明鳥居で足元には方形台石、亀腹が確認できる。
島木がちょっと長めに感じられる。

末社の大鷲神社・住吉神社の鳥居。
色は褪めてしまっているが朱塗りの明神鳥居。
非常に細身で頼りない印象を受ける。

末社巽神社の鳥居。
元は市神社のという名の弁財天を祀った神社であったが、
現在の本殿東南(巽)の方角に遷座したことからその名がついた。
石製の靖国鳥居で足元には方形台石と亀腹が見える。

末社松尾神社の鳥居。
苔むした石製明神鳥居で、足元には蓮華座状の台石がある。
【参拝案内】
電車の場合、京王線府中駅、JR府中本町駅どちらからも近く徒歩5分とかからない。
こんもりと見える杜を目印に歩けばまず迷うことはない。
車の場合中央道国立府中ICからでも調布ICからでもよく、
旧甲州街道「大國魂神社前」と「大國魂神社東」の間を瑞垣に沿うように曲がると、
有料の駐車場が確認できた。

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太田姫稲荷神社
太田姫稲荷神社
所在地:東京都文京区
主祭神:宇迦之御魂神

JR御茶ノ水駅から神保町方面へ向かうお茶の水中通りと、駿河台道灌道の交差点にある神社。
創建は1457年太田道灌によるものと伝わる。
道灌の寵愛していた姫君が疱瘡にかかったおり、
京都で疱瘡除けで知られる一口(いもあらい)稲荷を勧請し、
江戸城内に祀ったのが始まりと伝わる。
勧請元の一口神社とは、もともと参議小野篁が流罪先の隠岐へ旅立つ折、
太田姫の命を名乗る老翁が嵐の船先に現われ、
篁の早期帰還と疱瘡除けに自らの神像を祀る様告げたことが始まりと伝わる。
翌年許されて帰京した篁は一口の里に自ら刻んだ老翁の神像を納めた神社を創建し祝い祀ったという。
その後、姫の病も癒え、道灌も崇敬したところ、
神使の白狐が現れ、鬼門を守るべしと託宣を下したため、
江戸城鬼門に遷座し「太田姫稲荷神社」と名を改めた。
1606年の江戸城大改築では西の丸の鬼門に遷座され、
その後代代の将軍が崇拝し、修理造営も徳川家で行っていた。
1931年に御茶ノ水、両国駅間の総武線建設のため、社地の大半を接収され、
換地として現在の地に遷座して今にいたる。
写真は境内入口の鳥居。細身の石製明神鳥居。
足元には方形の台石がある。
額束に題額はなく、楔も打たれていない。
所在地:東京都文京区
主祭神:宇迦之御魂神

JR御茶ノ水駅から神保町方面へ向かうお茶の水中通りと、駿河台道灌道の交差点にある神社。
創建は1457年太田道灌によるものと伝わる。
道灌の寵愛していた姫君が疱瘡にかかったおり、
京都で疱瘡除けで知られる一口(いもあらい)稲荷を勧請し、
江戸城内に祀ったのが始まりと伝わる。
勧請元の一口神社とは、もともと参議小野篁が流罪先の隠岐へ旅立つ折、
太田姫の命を名乗る老翁が嵐の船先に現われ、
篁の早期帰還と疱瘡除けに自らの神像を祀る様告げたことが始まりと伝わる。
翌年許されて帰京した篁は一口の里に自ら刻んだ老翁の神像を納めた神社を創建し祝い祀ったという。
その後、姫の病も癒え、道灌も崇敬したところ、
神使の白狐が現れ、鬼門を守るべしと託宣を下したため、
江戸城鬼門に遷座し「太田姫稲荷神社」と名を改めた。
1606年の江戸城大改築では西の丸の鬼門に遷座され、
その後代代の将軍が崇拝し、修理造営も徳川家で行っていた。
1931年に御茶ノ水、両国駅間の総武線建設のため、社地の大半を接収され、
換地として現在の地に遷座して今にいたる。
写真は境内入口の鳥居。細身の石製明神鳥居。
足元には方形の台石がある。
額束に題額はなく、楔も打たれていない。
荻窪八幡神社
荻窪八幡神社
所在地:東京都杉並区
主祭神:応神天皇


青梅街道に面した鬱蒼と繁る杜の中にある神社。
創建年代ははっきりしないが、宇多天皇の御世、寛平年間(889〜898)と伝わる。
1051年には前九年の役平定のため奥州に向かう途上の源頼義が宿陣して戦勝を祈願。
1062年に凱旋の際には盛大な祭を行い、武将を留めて長く祀らせた。
1477年4月16日には江戸城築城で知られる太田道灌がこの社を詣で、
豊島泰経率いる石神井城攻めの戦勝を祈願し軍神祭を行い、
槙の木を一株献植している(写真右が現在の道灌槙)。


杉並会館に面している大鳥居。
拝殿に正対していることもあり、こちらが一の鳥居になるようだ。
石製の明神鳥居で、足元には八角形の台石と亀腹が確認できる。
柱の転びも、笠木・島木の反り増しも弱めで、直線的な印象を受ける。
額束には「八幡神社」と記された大きな題額が掛けられている。

参道途中にある二の鳥居。
一の鳥居と同じく石製の明神鳥居だが、
こちらには亀腹はなく、二段の台石が確認できる。
また額束にも題額は掛けられていない。
どちらかというとほっそりとした印象を受ける。
右横にあるのは祓門。
水無月と晦日の大祓に供されるのだろうか?

こちらは青梅街道に面した脇鳥居。
石製の明神鳥居だが、一の鳥居・二の鳥居に比べると、
反り増しが力強くつけられており雄大な印象を受ける。
これでもっと柱が太かったら、さらに力強い印象になるだろう。
足元には藁座のように大きな台石が二段になって置かれている。
額束にはかすれて見えづらくなった「八幡神社」の題額が掛けられている。

こちらは善福寺川方面へ抜ける参道にある脇鳥居。
非常にオーソドックスな印象を受ける石製の明神鳥居。
足元には方形の台石と亀腹がある。

一の鳥居と二の鳥居の間にある境内末社、猿田彦神社の鳥居。
形としては全てが円柱で構成される神明系なので神明鳥居なのだが、
柱・貫に対して笠木が太く、足元に亀腹があるのが特徴的。
なにかずんぐりむっくりな印象を受ける。

こちらは同じく境内末社である、
御嶽神社・稲荷神社・須賀神社・琴平神社・祓戸神社の鳥居。
石製の明神鳥居だと思うが、笠木・島木が曲線に見えないこともなく、
その点から言えば唐破風鳥居ともいえるだろう。
方形の台石の上に蓮華座状の台石がある。
【参拝案内】
JR荻窪駅北口バスターミナル0番・1番発のバス(どれでも)に乗り、
荻窪警察署前のバス停で降りると、目の前に鳥居がある。
所在地:東京都杉並区
主祭神:応神天皇


青梅街道に面した鬱蒼と繁る杜の中にある神社。
創建年代ははっきりしないが、宇多天皇の御世、寛平年間(889〜898)と伝わる。
1051年には前九年の役平定のため奥州に向かう途上の源頼義が宿陣して戦勝を祈願。
1062年に凱旋の際には盛大な祭を行い、武将を留めて長く祀らせた。
1477年4月16日には江戸城築城で知られる太田道灌がこの社を詣で、
豊島泰経率いる石神井城攻めの戦勝を祈願し軍神祭を行い、
槙の木を一株献植している(写真右が現在の道灌槙)。


杉並会館に面している大鳥居。
拝殿に正対していることもあり、こちらが一の鳥居になるようだ。
石製の明神鳥居で、足元には八角形の台石と亀腹が確認できる。
柱の転びも、笠木・島木の反り増しも弱めで、直線的な印象を受ける。
額束には「八幡神社」と記された大きな題額が掛けられている。

参道途中にある二の鳥居。
一の鳥居と同じく石製の明神鳥居だが、
こちらには亀腹はなく、二段の台石が確認できる。
また額束にも題額は掛けられていない。
どちらかというとほっそりとした印象を受ける。
右横にあるのは祓門。
水無月と晦日の大祓に供されるのだろうか?

こちらは青梅街道に面した脇鳥居。
石製の明神鳥居だが、一の鳥居・二の鳥居に比べると、
反り増しが力強くつけられており雄大な印象を受ける。
これでもっと柱が太かったら、さらに力強い印象になるだろう。
足元には藁座のように大きな台石が二段になって置かれている。
額束にはかすれて見えづらくなった「八幡神社」の題額が掛けられている。

こちらは善福寺川方面へ抜ける参道にある脇鳥居。
非常にオーソドックスな印象を受ける石製の明神鳥居。
足元には方形の台石と亀腹がある。

一の鳥居と二の鳥居の間にある境内末社、猿田彦神社の鳥居。
形としては全てが円柱で構成される神明系なので神明鳥居なのだが、
柱・貫に対して笠木が太く、足元に亀腹があるのが特徴的。
なにかずんぐりむっくりな印象を受ける。

こちらは同じく境内末社である、
御嶽神社・稲荷神社・須賀神社・琴平神社・祓戸神社の鳥居。
石製の明神鳥居だと思うが、笠木・島木が曲線に見えないこともなく、
その点から言えば唐破風鳥居ともいえるだろう。
方形の台石の上に蓮華座状の台石がある。
【参拝案内】
JR荻窪駅北口バスターミナル0番・1番発のバス(どれでも)に乗り、
荻窪警察署前のバス停で降りると、目の前に鳥居がある。

