子神社
子神社
所在地:群馬県館林市
主祭神:大己貴命

通称「子の権現」、足腰の神様として崇敬を集めている子神社。
創建は不詳。「権現」の名のとおり明治の神仏分離令までは神仏集合の杜であったらしい。
以前の記事でも書いたが、大国主命=大己貴命が祭神になっている。
大国主命は非常に旅が好きな神で、
その健脚は鉄の草鞋をはいて旅をするほどだったという伝説から、
足腰の病にご利益があるということで拝殿の周りには
願い事を書いた数多くの鉄の草鞋が掛けられている。
また足腰にご利益がある「子の権現」として有名な神社には足利の「子の神社」もある。
これは大国主伝説に加え、5体切断された将門の足が,
この神社のある地に飛んできたという伝説によるもの。
この他、足利には将門の体に基づく伝説がいくつかありいつかこちらも訪問して紹介したいと思う。
写真は参道入り口の一の鳥居。朱塗りされた木製両部鳥居。
笠木、額束の上には瓦葺の屋根が施されている。

こちらは子神社の隣にある稲荷の鳥居。
末社であるこちらの方が実は鳥居の数が多い。
写真は参道入り口の一の鳥居。
朱塗りの木製明神鳥居。
笠木の上にはトタンの屋根が葺いてある。
通常の鳥居より小さく作られており、174cmの私は頭を下げなければくぐることは出来なかった。

こちらは二の鳥居と三の鳥居。
二の鳥居はコンクリート製で笠木がやや直線的な明神鳥居。
三の鳥居は木製朱塗りのひょろ長い明神系鳥居。

拝殿脇に掛けられた足腰治癒祈願の鉄草鞋
所在地:群馬県館林市
主祭神:大己貴命

通称「子の権現」、足腰の神様として崇敬を集めている子神社。
創建は不詳。「権現」の名のとおり明治の神仏分離令までは神仏集合の杜であったらしい。
以前の記事でも書いたが、大国主命=大己貴命が祭神になっている。
大国主命は非常に旅が好きな神で、
その健脚は鉄の草鞋をはいて旅をするほどだったという伝説から、
足腰の病にご利益があるということで拝殿の周りには
願い事を書いた数多くの鉄の草鞋が掛けられている。
また足腰にご利益がある「子の権現」として有名な神社には足利の「子の神社」もある。
これは大国主伝説に加え、5体切断された将門の足が,
この神社のある地に飛んできたという伝説によるもの。
この他、足利には将門の体に基づく伝説がいくつかありいつかこちらも訪問して紹介したいと思う。
写真は参道入り口の一の鳥居。朱塗りされた木製両部鳥居。
笠木、額束の上には瓦葺の屋根が施されている。

こちらは子神社の隣にある稲荷の鳥居。
末社であるこちらの方が実は鳥居の数が多い。
写真は参道入り口の一の鳥居。
朱塗りの木製明神鳥居。
笠木の上にはトタンの屋根が葺いてある。
通常の鳥居より小さく作られており、174cmの私は頭を下げなければくぐることは出来なかった。

こちらは二の鳥居と三の鳥居。
二の鳥居はコンクリート製で笠木がやや直線的な明神鳥居。
三の鳥居は木製朱塗りのひょろ長い明神系鳥居。

拝殿脇に掛けられた足腰治癒祈願の鉄草鞋
湯島神社
ここのところネタ切れが続いていてだいぶ間を空けてしまいました。
今後も写真を撮りためるまではしばらくこのペースでの更新が続くと思います。
湯島神社
所在地:東京都文京区
主祭神:菅原道真公、天之手力雄命

東の天神として有名な湯島神社。
創建は458年、雄略天皇の勅命により天之手力雄命を奉祭したのが始まりと伝わる。
1355年に菅原道真公を勧請。
1590年に家康が江戸に入城した後は特に篤く崇敬され文教の中心として栄え、
特に国学の発展に寄与するところが大きかった。
写真は金属製の一の鳥居。貫の緑青が時代を感じさせる。
台輪、そして足元には金属製の藁座の巻きついた台輪(稲荷)鳥居。
さらに礎石とも大きな亀腹とも区別できないものがその下にある。

こちらは末社である藪塚稲荷と戸隠神社の鳥居。
石製の靖国鳥居。
柱の部分から飛び出している笠木の両端部がやや長めなのが特徴的。
今後も写真を撮りためるまではしばらくこのペースでの更新が続くと思います。
湯島神社
所在地:東京都文京区
主祭神:菅原道真公、天之手力雄命

東の天神として有名な湯島神社。
創建は458年、雄略天皇の勅命により天之手力雄命を奉祭したのが始まりと伝わる。
1355年に菅原道真公を勧請。
1590年に家康が江戸に入城した後は特に篤く崇敬され文教の中心として栄え、
特に国学の発展に寄与するところが大きかった。
写真は金属製の一の鳥居。貫の緑青が時代を感じさせる。
台輪、そして足元には金属製の藁座の巻きついた台輪(稲荷)鳥居。
さらに礎石とも大きな亀腹とも区別できないものがその下にある。

こちらは末社である藪塚稲荷と戸隠神社の鳥居。
石製の靖国鳥居。
柱の部分から飛び出している笠木の両端部がやや長めなのが特徴的。
神明宮
神明宮
所在地:栃木県小山市
主祭神:天照大御神

小山市の小谷城址にある神社。
鳥居は白木製で素木鳥居を思わせるが、貫が角柱の靖国鳥居タイプ。
神明系とはいえ違和感が残る。
小谷城は藤原秀郷の後裔である小谷(田原)三郎俊景が1120年に築城したと伝わる。
1154年に名馬の産地であったこの地に小山四郎政光が入城、小谷館と称した。
1440年、南北朝の動乱で城を失った網戸十郎村重が入城したが、
翌年には結城城共々落城。村重は生井と姓を変え奥州に逃れた。
その後戦国時代に入り1571年に小山秀綱により再興し、
大橋右京亮が城主に任命されたが、
1590年小山氏の滅亡に伴い廃城となった。
ちなみに「網戸」「生井」とも、この近辺の地名となっている。
所在地:栃木県小山市
主祭神:天照大御神

小山市の小谷城址にある神社。
鳥居は白木製で素木鳥居を思わせるが、貫が角柱の靖国鳥居タイプ。
神明系とはいえ違和感が残る。
小谷城は藤原秀郷の後裔である小谷(田原)三郎俊景が1120年に築城したと伝わる。
1154年に名馬の産地であったこの地に小山四郎政光が入城、小谷館と称した。
1440年、南北朝の動乱で城を失った網戸十郎村重が入城したが、
翌年には結城城共々落城。村重は生井と姓を変え奥州に逃れた。
その後戦国時代に入り1571年に小山秀綱により再興し、
大橋右京亮が城主に任命されたが、
1590年小山氏の滅亡に伴い廃城となった。
ちなみに「網戸」「生井」とも、この近辺の地名となっている。
| HOME |








