星宮神社

星宮神社
所在地:栃木県石橋町
主祭神:磐裂神、根裂神、布津主神


創建は807年。だが由緒書きなどが見当たらず、歴史的な沿革は不明である。

祭神の磐裂神、根裂神は共に日本書紀一書に登場する神であり、
伊奘諾尊が伊奘冉尊を焼き殺した火の神軻遇突智を、
切り殺した剣のつばから滴り落ちる血から生まれている。
どちらも岩や木をも切り裂く雷の威力を表したものといわれている。

また布津主神も同じ時に剣の先から滴り落ちる血から生まれたといわれている。
天孫降臨の際には「岩裂根裂の孫」とされ、
先触れとして武甕槌神と共に出雲に降臨している。

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写真は一の鳥居。コンクリート製の靖国鳥居。

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こちらは石製の明神鳥居。



【参拝案内】(車の場合)
付近に目印になるようなものは無く、非常に説明しづらい。
私も迷いながらたまたま運良く見つけられただけである。
地図を参考に探して欲しい。
駐車スペースは無く、参道脇の草むらにむりやり頭から押し込んだ。

備忘録

撮影済み神社

・星宮神社
・花園稲荷神社
・五條天神社
・上野東照宮
・高山神社
・新田神社
・冠稲荷神社
・世良田東照宮

携帯カメラ撮影神社

・高天神神社
・巴江神社
・崋山神社
・龍城神社

石橋愛宕神社

石橋愛宕神社
所在地:栃木県石橋町
主祭神:火産霊神、宇迦之御魂大神


創建は不明。もともとは稲荷神社として親しまれてきた神社だったが、
大正元年8月に、東北線複線化工事の為敷設予定地内の愛宕神社が合祀されて現在に至る。
社務所にだれもおらず、非常に寂しい印象を受けた。

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写真は国道4号に面した鳥居。
石製の神明鳥居で柱の足元には亀腹がある。

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こちらはもともとあった稲荷神社の鳥居。
木製朱塗りの明神鳥居。
今では完全に末社扱いである。



【参拝案内】(車の場合)
東京本面から国道4号を北上、国道352号との交差点を越え、
石橋小学校角の交差点を通過したところに鳥居がある。
また石橋小学校の交差点を左折すると、右側に脇参道に入る道もある。
駐車場はない。
脇参道側に2台ほど駐車できる空きスペースがある。

壬生雄琴神社

雄琴神社
所在地:栃木県壬生町
主祭神:天照大神、天武天皇、舎人親王、小槻今雄公


創建は1091年。
鎮守府将軍清原武則の三男保定が下野国壬生に、
その祖である舎人親王を祀ったのが始まりと伝わる。
翌年には奥州より上洛する源義家が参詣して社領を寄進。
1094年には盛典が執行され、名を藤森神社として壬生の鎮守となった。

その後1468年に壬生城を建設した壬生(小槻)彦五郎胤業によって、
壬生氏の遠祖である小槻今雄を祀る遠江の雄琴神社から勧請して合祀し、
「雄琴」と称するるようになった。

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写真は参道入り口の一の鳥居。石製の明神鳥居。
額束には「雄琴神社」の神額がかかっている。

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こちらが拝殿前の二の鳥居。鋼板製の台輪鳥居。
実はこの鳥居の柱の足元にはそれぞれ3匹づつの狛犬がいる。
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拝殿前には二対の狛犬がいるのだが、うち一対は扁平な逆三角形の頭の
非常にユーモラスな形をしていた。

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また境内末社の鳥居もあった

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これは稲荷の鳥居。石製の靖国鳥居。

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これは愛宕神社だったと思う。亀腹のある石製神明鳥居。

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境内ではないが参道脇にはこのような鳥居もあった。



【参拝案内】(車の場合)
小山市方向から県道18号線を北上。
「壬生町役場入り口」の看板を右折、
役場の前を通り越し、東武宇都宮線の踏み切り手前にある。
駐車場はないが、参道脇に駐車できる空き地がある。

下野大神神社

大神神社
所在地:栃木県栃木市
主祭神:大物主神


かつて下野国の国府が置かれていた地にある神社。
創建は崇神天皇の御世。
東国治定のため統治を訪れた崇神天皇の第一皇子豊城入彦命が、
大和三輪山の三輪明神(大神神社)を勧請し五穀豊穣を祈願したのが始まりと伝わる。
7世紀に下野国府が置かれてからは下野の総社(惣社)とされ、毎朝国司が礼拝を行っていた。

ちなみに総社とは、本来国司が巡拝すべき国内の神社を、一箇所に勧請した神社のこと。
国司の負担を軽減するため、総社に礼拝するだけで巡拝すべき全ての神社を礼拝したこととした。
そのため総社は国府の敷地内もしくは近辺に建てられることが多かった。
また国司の着任の儀礼など一宮では行われない国府固有の神事が執り行われ、
位置づけとしても一宮よりも上と見なされることが多かった。

この神社も延喜式神名帳下野国では筆頭に登場している。

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写真は表参道の一の鳥居。石製の明神鳥居。
足元には礎石と、同じ大きさの亀腹が二段になっている。

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こちらは裏参道の鳥居なのだが、撮影に失敗してしまった。
表から撮った写真には直射日光が射しこみ、裏から撮った写真は逆光で真っ暗。
非常にわかりにくいが石製の明神鳥居。

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こちらは東参道の鳥居。
石製の明神鳥居。二段の礎石がある。

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これが二の鳥居。鋼板製の明神鳥居。
足元には小さい礎石がある。

またこの地は「室の八嶋」とも呼ばれ、
神社境内には池の中に石橋や朱塗りの橋が架かる嶋が八つあり、
それぞれの嶋に筑波神社、天満宮、鹿島神社、雷電神社、
浅間神社、熊野神社、二荒神社、香取神社が鎮座している。

室の八嶋は不思議な煙が立ちのぼってていたことから、
「けぶりたつ室の八嶋」とよばれ東国の歌枕にもなっている。
また俳人松尾芭蕉も「奥の細道」の旅の途中この地に立ち寄り、
「糸遊にに結びつきたる煙かな」という句を作っている。

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下野鷲宮神社

鷲宮神社
所在地:栃木県都賀町
主祭神:天日鷲命、大己貴命


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せき止めのご利益で知られる神社。
創建は808年。当時は現在地よりも東にある思川のそばにあったが、
931年に現在の地に遷座。

鎌倉時代には二代将軍頼家が百日ぜきに罹った折りに、
北条政子が卵と鶏肉を断ってこの神社に祈願し、
頼家が回復した後には佐々木四郎高綱に参内させている。
この故事から咳止めのご利益が生まれたのだろう。

祭神の天日鷲命は日本書紀の一書に出てくる神で、忌部氏の遠祖とされている。
天の岩戸開きでは天の香具山の榊の木にかける木綿を作った神である。
一書以外には登場しないことから忌部氏の祖神太玉神と同一視されていたのかもしれない。
また以前紹介した武蔵の鷲宮神社の祖神が
出雲臣の祖神天穂日命、武夷鳥命だったのと比較すると興味深い。

またこの神社には日光の強飯式ではないが強卵式という珍しい行事がある。
詳しくはこちらで確認していただきたい。

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参道前の鳥居。石製の靖国系だが亀腹があるので厳密には異なる。

またこの神社には末社にも鳥居が数多くある。

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祖霊社の鳥居。亀腹・礎石のある靖国系。

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愛宕神社の鳥居。礎石のある靖国系。

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八龍神社の鳥居。石製の靖国鳥居。亀腹が無いので断言できるタイプ。

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御嶽神社の鳥居。石製の明神鳥居。
子どもが遊んだのか貫に小石が乗っている。

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写真が白飛びしてしまい判別が難しく、記憶に頼るが闇霎神社だったと思う。
苔むした石製の明神鳥居。

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こちらはど忘れしてしまい、写真も小さいのでどの神社が確認できないが、
台輪(稲荷)鳥居。

栃木神明宮

神明宮
所在地:栃木県栃木市
主祭神:天照皇大神、素盞雄命、造化三神


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蔵の町栃木市の中心部にある神社。
創建は不詳だが、最古の棟札には1404年とあり、それ以前に勧請されたものと思われる。
ちなみにこの棟札は市の歴史文化財に指定されている。
特に伊勢信仰の強い下野国栃木の鎮護の神として、広く人々の崇敬を集めた。

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写真は参道入り口の鳥居。
朱塗りの靖国鳥居タイプだが、やや転びがついている上
足元には礎石と亀腹がある。

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こちらは境内末社稲荷の鳥居。
コンクリート製の靖国系鳥居。
足元に礎石があるので厳密には異なる。

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こちらは境内末社須賀神社の鳥居。
石製の靖国鳥居。

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ちなみに「栃木」という地名の語源はいくつかあるが、
その中で最も有力といわれているのが、
この神明宮の神殿にある10本の千木からきた
「十千木」→「とうちぎ」→「とちぎ」だと言われている。

千木とは神社建築に特有の飾りで、
神殿の屋根の両サイドに伸びた木材のことである。
神殿とは拝殿の裏にある神様がいらっしゃる建物のこと。
また両端の千木と千木の間には鰹木と呼ばれる飾り木が等間隔に置かれている。

写真はその千木と8本の鰹木。
千木は2本しかないので鰹木も千木と一緒くたにして呼んでいたのだろう。

神明系の神殿は千木を三間社の幅を取り大きく見せるため、
他の神社に比べて千木が目立つため語源として広まっていったのかもしれない。

他にも栃木の語源としては「トチノキ」が多いから、
「遠津木(とうつぎ)」という地名などの説があるが、
栃木市役所のサイトではこの「十千木」説をとっていた。

網戸神社

網戸神社
所在地:栃木県小山市
主祭神:田心姫命


「あみど」とも「あじと」とも読む。
創建は不明だが、社殿の再建が806年なのでそれより前のことになるのだろう。
延喜式に掲載されている下野国寒川郡胸方神社とも言われ、
境内にはそれを示す「延喜式内社胸方神社」の石碑もあるが詳らかではない。
939年には平将門討伐に赴く藤原秀郷が戦勝を祈願し、
見事大願成就した暁に金百貫文を奉納している。
また源頼朝も領地を寄進している。

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写真は参道の鳥居。石製の明神鳥居。
額束には「正一位網戸大明神」の神額か掛かっている。

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こちらは境内末社の稲荷神社の鳥居。木製の明神鳥居

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拝殿前には二対の狛犬があるが、これは拝殿側の一対。
ちょこんと座った非常にかわいらしい感じの狛犬。
ちなみに阿型の狛犬が俯瞰になっているのは、
この上にある拝殿の庇に大きなクマ蜂が巣を作っていたため。
その真下に座り込んで写真を撮る勇気が私にはありませんでした。

野木神社

野木神社
所在地:栃木県野木町
主祭神:菟道稚郎子命


創建は仁徳天皇の御世。
下野国造奈良別命が当国赴任の折に、
夭折した仁徳天皇の皇子菟道稚郎子命の遺骨を奉じて
下野国笠懸野台手函に斎祀ったのが始まりと伝わる。
延暦年間(803〜805年ごろ)には蝦夷を平定して凱旋途中の
征夷大将軍坂上田村麻呂により社殿が造営され、現在の地に移る。
鎌倉時代、元寇の折には時の執権北条時宗より攘夷祈願の命を受け、
息長足比売命、誉田別命、田心比売命、瑞津比売命、市杵嶋比売命の5祭神を合祀。
1806年には火災により社殿が全焼するが、古河城主土井利厚の尽力により再建。
明治時代には乃木希典将軍の崇敬を受け、度々参拝に訪れては所縁の品々を奉納している。

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写真は国道4号に面した一の鳥居。石製の台輪鳥居で亀腹や礎石は無い。

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こちらは参道途中の二の鳥居。石製の明神鳥居。
足元には金属製の藁座らしきものがある。
石製やコンクリート製の鳥居の場合、笠木の部分は二分割になっていることが多いのだが、
この鳥居では三分割になっている。なおかつ左のパーツだけ年代が違うようにも見える。

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そして三の鳥居。石製の明神鳥居で足元には礎石がある。

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これは境内末社の王子稲荷の鳥居。石製の明神鳥居。
苔むしていて非常に古いものに感じられる。
額束と貫の部分はコンクリート製になっており、
崩れたか何かして後になって加えられたものであろう。

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野木神社は栃木県南部に多い社名であり、巨木信仰から生じたと言われている。
この神社にも社殿を造営した坂上田村麻呂が植えたとされる大イチョウの木があり、
栃木名木百選にも選ばれている。

藤岡天満宮

藤岡天満宮
所在地:栃木県藤岡町
主祭神:菅原道真

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県道沿いにあるうら寂しい感じの神社。
石製の明神鳥居。亀腹は無く礎石のみ。

感じからして無格社ではなく村社レベルの印象を受けたので、
後で町史などで調べてみたい。

スタンプラリーではないですが・・・

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このブログを始めてから、いろいろと神社参拝のルートを思い浮かべ、
「どこから攻めようか」などと迷っていたが、最近はもっぱらこれを頼りに回っている。

栃木県神社広報会議が発行している「とちぎ神社ガイド」。
県内の主だった36の神社を紹介しているもの。
掲載神社すべての御朱印かスタンプを集めると、全神社の社号札が抽選で当たる。

那須のほうなどはとても回れないのでコンプは難しいが、
なにかスタンプラリーのような感じで回ってしまう。
コレクター心理を上手く衝いているなと感心。
今のところ9社の御朱印を頂いたが、2社は社務所が閉まっていていただけず。

というわけなので当面はこのガイド掲載の神社を中心に紹介して以降と思う。

門田稲荷神社

門田稲荷神社
所在地:栃木県足利市
主祭神:倉稲魂神


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昨日紹介した足利八幡宮境内にある稲荷。
東京の榎木稲荷、京都の伏見稲荷とともに、日本三大縁切稲荷として知られる。
もともとは、現在地より南西の門田郷にあったことからこの名がついた。
創建は不明だが、縁切に関する古い絵馬が今も残されている。
明治45年に足利八幡宮境内の稲荷社に合祀された。

写真は一の鳥居。石製の稲荷鳥居。
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こちらは奉納鳥居。朱塗りの明神鳥居。

足利八幡宮

八幡宮
所在地:栃木県足利市
主祭神:誉田別命、大帯姫命、姫大神


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源姓足利氏代々の氏神である神社。
創建は1056年。
八幡太郎源義家が前九年の役に赴くため付近の陣地に宿営、
戦勝を祈願し京都の男山八幡宮を勧請したのがはじまりという。

写真は一の鳥居。銅製の稲荷(台輪)鳥居。
この鳥居は1793年に鋳造、奉納されたものであり、
両柱には鋳物師の他寄付者329名の名前が刻印されている。
現在は足利市の重要文化財に指定されている。

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こちらは二の鳥居。石製の明神鳥居。
足元には亀腹がある。