板倉細谷長柄神社
長柄神社
所在地:群馬県板倉町
主祭神:藤原長良

洪水避けの信仰にまつわる神社。
この地域には昔から洪水の被害に悩まされており、
特に利根川近辺には多くの長良(長柄)神社が存在する。
中には雨が続くと村人が集まり不動尊を開帳して、
雨避けの儀式を行う全国的にも珍しい神社が存在するそうだが、
なにしろ数が多いのでそれがこの神社かどうかは定かではない。
祭神の藤原長良は人臣初の摂政となり藤原氏北家繁栄の礎となった、
藤原良房の兄であり、
「伊勢物語」第6段のモデルともなった、
在原業平と禁断の恋に落ちた清和天皇妃高子の父でもある。
その長良が祭神となったのは次のような民話で伝えられている。
弓の名人である彼が桐生にいるときに、
今の千代田町にあたる赤岩の沼の主である大蛇が、
毎年娘をさらっていくのに悩んでいた赤岩の村人が、
長良に大蛇退治を依頼して見事射止めることに成功したことによるという。
その大蛇の死体を18に分断し、近隣の村々に分け、
さらわれた娘の冥福と長良の偉業をたたえたため、
この地域には多くの長良(長柄)神社が点在するらしい。
もっとも長良と長柄が同音であることから、
下照姫を祭神とする大和の長柄神社とも関係があるようにも思われる。
また民話につたわる「大蛇」はおそらく「洪水被害」のメタファーであろう。

写真は参道入り口の鳥居。比較的新しい石製の靖国鳥居。
足元には方形の台石がある。
参道途中の狛犬。目玉が大きくビックリしたような表情なのが特徴的。
所在地:群馬県板倉町
主祭神:藤原長良

洪水避けの信仰にまつわる神社。
この地域には昔から洪水の被害に悩まされており、
特に利根川近辺には多くの長良(長柄)神社が存在する。
中には雨が続くと村人が集まり不動尊を開帳して、
雨避けの儀式を行う全国的にも珍しい神社が存在するそうだが、
なにしろ数が多いのでそれがこの神社かどうかは定かではない。
祭神の藤原長良は人臣初の摂政となり藤原氏北家繁栄の礎となった、
藤原良房の兄であり、
「伊勢物語」第6段のモデルともなった、
在原業平と禁断の恋に落ちた清和天皇妃高子の父でもある。
その長良が祭神となったのは次のような民話で伝えられている。
弓の名人である彼が桐生にいるときに、
今の千代田町にあたる赤岩の沼の主である大蛇が、
毎年娘をさらっていくのに悩んでいた赤岩の村人が、
長良に大蛇退治を依頼して見事射止めることに成功したことによるという。
その大蛇の死体を18に分断し、近隣の村々に分け、
さらわれた娘の冥福と長良の偉業をたたえたため、
この地域には多くの長良(長柄)神社が点在するらしい。
もっとも長良と長柄が同音であることから、
下照姫を祭神とする大和の長柄神社とも関係があるようにも思われる。
また民話につたわる「大蛇」はおそらく「洪水被害」のメタファーであろう。

写真は参道入り口の鳥居。比較的新しい石製の靖国鳥居。
足元には方形の台石がある。
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参道途中の狛犬。目玉が大きくビックリしたような表情なのが特徴的。
羽附富士嶽神社
羽附富士嶽神社
所在地:群馬県館林市
主祭神:木花開耶姫

こんもりとした前方後円墳の後円部に南面している富士講信仰の神社。
この地を治めていた赤井氏の館林城築城以前の居城であった大袋城の、
物見台であった小山の上にあるため物見山とも言われている。
創建は1389年と伝わるが、それを裏付ける資料は存在しない。
また1558〜1570の永禄年間に扶桑教創始と関連して、
創建されたという説もあるようだが不詳である。

参道入り口にある石製の台輪鳥居。
二段になった方形の台石の上に薄い亀腹がある。
額束には石製で「富士嶽神社」の神額が掛かっている。

参道途中にある二の鳥居。朱塗り木製の両部鳥居。
笠木と額束の上には瓦葺の屋根が葺かれている。
額束には「富士山」の神額が掛かっている。

脇参道の途中には富士山五合目にある石尊大権現こと小御岳神社の石碑がある。
所在地:群馬県館林市
主祭神:木花開耶姫

こんもりとした前方後円墳の後円部に南面している富士講信仰の神社。
この地を治めていた赤井氏の館林城築城以前の居城であった大袋城の、
物見台であった小山の上にあるため物見山とも言われている。
創建は1389年と伝わるが、それを裏付ける資料は存在しない。
また1558〜1570の永禄年間に扶桑教創始と関連して、
創建されたという説もあるようだが不詳である。

参道入り口にある石製の台輪鳥居。
二段になった方形の台石の上に薄い亀腹がある。
額束には石製で「富士嶽神社」の神額が掛かっている。

参道途中にある二の鳥居。朱塗り木製の両部鳥居。
笠木と額束の上には瓦葺の屋根が葺かれている。
額束には「富士山」の神額が掛かっている。

脇参道の途中には富士山五合目にある石尊大権現こと小御岳神社の石碑がある。
草加神社
ようやく腰痛が落ち着き、ストックもそれなりにたまって来たので、
久しぶりに更新をいたしました。
とりあえず年内は週一くらいのペースで更新を続けたいと思います。
草加神社
所在地:埼玉県草加市
主祭神:素盞鳴命、櫛稲田姫命

草加駅前に鎮座する、草加市指定有形文化財でもある神社。
創建の詳しい年は不詳だが、
1573〜92年頃に武蔵国一宮氷川神社を勧請したのが始まりと伝わる。
明治40(1907)年には草加市内の諸神社11社を合祀、
明治42(1909)年には社号を氷川神社から現在の草加神社に改称した。
現在でも神社のある一帯は氷川町という地名である。
昨年に幣殿、拝殿の新造営を終えたばかりである。

大通りに面した一の鳥居。
石製の明神鳥居。足元には円形の二段の台石がある。
額束には同じく石製の「草加神社」の神額がある。

こちらは参道途中にある二の鳥居。
同じく石製の明神鳥居だが、一の鳥居に比べると反り増しが弱く、
八幡鳥居にも感じが似ている。
足元には方形の台石が二段あり、その上に亀腹がついている。
額束には石製の「草加神社」の神額がかかっている。

拝殿脇にある摂社群への入り口にある鳥居。
石製の明神鳥居。足元には方形の台石と亀腹がある。
額束には石製の「草加神社」の神額。

そして摂社の稲荷神社の鳥居。一般的な奉納鳥居。
朱塗りの明神鳥居。
拝殿前の狛犬。氷川神社だったので出雲系だと思ったが、普通のタイプであった。
久しぶりに更新をいたしました。
とりあえず年内は週一くらいのペースで更新を続けたいと思います。
草加神社
所在地:埼玉県草加市
主祭神:素盞鳴命、櫛稲田姫命

草加駅前に鎮座する、草加市指定有形文化財でもある神社。
創建の詳しい年は不詳だが、
1573〜92年頃に武蔵国一宮氷川神社を勧請したのが始まりと伝わる。
明治40(1907)年には草加市内の諸神社11社を合祀、
明治42(1909)年には社号を氷川神社から現在の草加神社に改称した。
現在でも神社のある一帯は氷川町という地名である。
昨年に幣殿、拝殿の新造営を終えたばかりである。

大通りに面した一の鳥居。
石製の明神鳥居。足元には円形の二段の台石がある。
額束には同じく石製の「草加神社」の神額がある。

こちらは参道途中にある二の鳥居。
同じく石製の明神鳥居だが、一の鳥居に比べると反り増しが弱く、
八幡鳥居にも感じが似ている。
足元には方形の台石が二段あり、その上に亀腹がついている。
額束には石製の「草加神社」の神額がかかっている。

拝殿脇にある摂社群への入り口にある鳥居。
石製の明神鳥居。足元には方形の台石と亀腹がある。
額束には石製の「草加神社」の神額。

そして摂社の稲荷神社の鳥居。一般的な奉納鳥居。
朱塗りの明神鳥居。
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拝殿前の狛犬。氷川神社だったので出雲系だと思ったが、普通のタイプであった。
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