山名八幡宮

山名八幡宮

所在地:群馬県高崎市山名町1581
主祭神:品陀和気命、玉依比売命、息長足命
旧社格:不明

yamanahachiman01.jpg
全国66か国中11カ国の守護職を占めて「六分の一殿」と称された山名氏清や、
応仁の乱で西軍の総大将となった山名宗全ら、
南北朝〜室町期に隆盛を誇った山名氏の祖である山名義範が創建した神社。
義範は八幡太郎義家の曾孫にあたり、父は新田氏の祖義重。
頼朝から不興を買った新田氏とは異なり、
山名氏は頼朝より「父に似ず殊勝」と褒められ、御家人として優遇された。

創建は不詳だが安元年中(1175〜77)に宇佐八幡宮を勘定したものと伝わる。


yamanahachiman02.jpg
参堂入り口の一の鳥居。
朱塗りの両部鳥居で、額束には「山名八幡宮」の題額が掛けられている。
島木だけでなく、稚児柱にも屋根が掛けられている。


yamanahachiman03.jpg<
参堂途中の二の鳥居。
こちらも朱塗りの両部鳥居。
同じく額束には「山名八幡宮」の題額が掛けられており、屋根も葺かれている。



yamanahachiman04.jpg
境内末社の鳥居。
簡単な朱塗りの神明鳥居。足元には円形の台石がある。

yamanahachiman05.jpg
本殿には日光東照宮と同じような極彩色の彫刻がなされている。



【参拝案内】(車の場合)
上信越道藤岡ICで降りた後、県道13号を南下。
上栗巣の交差点で右折して篠塚の交差点を右斜め直進で県道30号に入る。
上落合の交差点で右折してそのまま直進すると山名町交差点があるので、
その先見落としやすいが看板のところを左折すると一の鳥居がある。
その先の線路沿いに専用駐車場がある。
また少し離れた線路の反対側にも専用駐車場がある。
神社へは上信電鉄の線路の下をくぐって行くことになる。



大きな地図で見る

テーマ : 神社仏閣 - ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 神社 鳥居 群馬 上野 八幡 山名

上野國一社八幡宮

上野國一社八幡宮

所在地:群馬県高崎市八幡町655
主祭神:品陀和氣命
旧社格:郷社
特記:一国一社の八幡宮


kouduke_hachiman01.jpg
以前に紹介した足利八幡宮(下野)武蔵国府八幡宮(武蔵)飯香岡八幡宮(上総)などと同様に、
一国一社の八幡宮として創建された神社。
創建は957年、京都石清水八幡を勧請したものと伝わる。
前九年の役の際には、源頼義・義家が戦勝を祈願して社殿を改修し、
新田・足利・武田・豊臣各氏らからの崇敬も篤かった。


kouduke_hachiman02.jpg
国道18号から神社へ向かう道路にある大鳥居。
朱塗りの台輪鳥居。
足元には八角形の台石がある。
額束には「八幡宮」の題額が掛けられている。

kouduke_hachiman03.jpg
拝殿前の二の鳥居。
こう見ると明神鳥居のようだが、
kouduke_hachiman04.jpg
実は稚児柱のある石製両部鳥居。
島木・笠木に反り増しはなく、春日鳥居のような直線。
額束には「八幡大明神」の題額がある。

kouduke_hachiman05.jpg
本殿の裏手にある疫斎神の鳥居。
石製の台輪鳥居で、足元には亀腹がある。
細い島木・笠木の両端部だけに反り増しがつけられているので、
ヒョロっとした印象を与えられる。

kouduke_hachiman06.jpg
本殿裏手にあり、元宮でもある地主稲荷神社の鳥居。
石製の鳥居の上部をコンクリートで補修してある。
島木の小口を斜めにカットしてある形態は鹿島稲荷のようだが、
その場合貫が柱から突出していなければならないので、
これはやはり靖国鳥居の変型版といったところだろう。
足元には巨大な亀腹がある。



【参拝案内】(車の場合)
東京方面から参拝する場合、関越自動車道の高崎ICで降り、
県道27号を西に向かう。
烏川を渡り国道18号にのるとそのまま直進。
八幡大門の交差点を右折し、大鳥居の下をくぐると正面に神社が見えてくる。
随身門の突き当りを左に曲がり、神社を回りこむように坂をあがると本殿脇の駐車場に出る。



大きな地図で見る

テーマ : 神社仏閣 - ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 神社 鳥居 群馬 上野 国府 八幡 高崎

城山稲荷神社

城山稲荷神社

所在地:群馬県高崎市下里見
主祭神:不明(倉稲魂)
旧社格:無格社

satomi_shiroyamainari01.jpg

新田義重の子義俊が新田氏の所領である里見郷に築いた居城、里見城の城址に鎮座する神社。
元々は里見城の鬼門除けとして祀られていたが、
おそらくは伏見稲荷より勧請したものと思われる。
義俊は地名から里見を名乗るようになり290年あまりこの城に依拠したが、
里見家十代家基が結城合戦で戦死すると安房へ本拠を移すことになる。
それに伴い当神社もいつしか朽ち果てて石宮一宇を残すだけになったが、
昭和13年に堂宇を再び建立。
昭和49年の土砂崩れで堂宇は喪失したものの、石宮は奇跡的に難を免れ、
そのことから「落ちない稲荷」の御神徳が加わったという。


写真は参堂入り口の一の鳥居。
朱塗りの稲荷鳥居。
反り増しは比較的弱めで笠木・島木とも直線的。


satomi_shiroyamainari02.jpg
こちらは参堂に並ぶ奉納鳥居。
一般的な奉納鳥居と同じ明神鳥居。

中には
satomi_shiroyamainari03.jpg
このように題額が横書きだったり、
satomi_shiroyamainari04.jpg
柱が腐食して危険なものもある。

satomi_shiroyamainari05.jpg
拝殿前に折り重なるように並ぶ鳥居。
手前の鳥居は朱塗りの明神鳥居。
奥の鳥居は宗忠鳥居。

satomi_shiroyamainari07.jpg
こう見るとわかりやすいかも。

satomi_shiroyamainari06.jpg
土砂崩れを免れた石宮が祀られる奥の院の鳥居。
朱塗りの明神鳥居だが、題額は横書き。



【参拝案内】(車の場合)
東京方面から参拝する場合、関越自動車道の高崎ICで降り、
県道27号を西に向かう。
烏川を渡り君が代橋西の交差点を右折して国道406号に乗る。
そのままひたすら直進し下里見の次の交差点を左折すると大鳥居がある。
駐車場はないので神社の裏手にでも回すしかない。




大きな地図で見る

テーマ : 神社仏閣 - ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 神社 鳥居 群馬 上野 稲荷