薬師寺八幡宮
薬師寺八幡宮
所在地:栃木県南河内町
主祭神:誉田別命

清和天皇の勅定によって東北守護の大神として創建された下野薬師寺の寺内社。
創建は875年9月。この時より関東北の総社となる。
1056年8月には奥州へ前九年の役へ向かう源頼義が参宮。
戦勝を祈願して頼義は奥州へ向かったが、後続の兵と賊軍が社郷にて合戦。
その兵災により社殿・社家の悉くが灰燼に帰してしまう。
その後安倍一族を平定した頼義・義家親子が帰路奉賛し再建、
鉄弓・鏑矢などを奉納した。

参道入り口の一の鳥居。石製の明神鳥居。
足元には亀腹がある。
この神社では昭和初期までこの参道にて流鏑馬神事が行われていた。

参道途中の二の鳥居。
石製の台輪鳥居だが、よく見ると笠木と島木が三段になっている非常に珍しい形。
足元には亀腹もある。建造年代は確認していないが、新しかったと記憶している。
その他末社にも鳥居がある。
その他境内には伝承がある。

これは願掛けをするときに燈篭の一部を欠いてお守りにする願欠け灯篭

こちらは葉書の木
【参拝案内】(車の場合)
東京方面から来た場合国道4号バイパス(新4号)を北上し、
立体交差になっている薬師寺交差点で側道に降りて左折。
2つめの信号に大きな看板があるので右折。
そのまま直進すると一の鳥居に出る。
一の鳥居前に数台が止められる駐車場がある。
所在地:栃木県南河内町
主祭神:誉田別命

清和天皇の勅定によって東北守護の大神として創建された下野薬師寺の寺内社。
創建は875年9月。この時より関東北の総社となる。
1056年8月には奥州へ前九年の役へ向かう源頼義が参宮。
戦勝を祈願して頼義は奥州へ向かったが、後続の兵と賊軍が社郷にて合戦。
その兵災により社殿・社家の悉くが灰燼に帰してしまう。
その後安倍一族を平定した頼義・義家親子が帰路奉賛し再建、
鉄弓・鏑矢などを奉納した。

参道入り口の一の鳥居。石製の明神鳥居。
足元には亀腹がある。
この神社では昭和初期までこの参道にて流鏑馬神事が行われていた。

参道途中の二の鳥居。
石製の台輪鳥居だが、よく見ると笠木と島木が三段になっている非常に珍しい形。
足元には亀腹もある。建造年代は確認していないが、新しかったと記憶している。
その他末社にも鳥居がある。
| 金精様 | 祖霊社 |
![]() | ![]() |
その他境内には伝承がある。

これは願掛けをするときに燈篭の一部を欠いてお守りにする願欠け灯篭

こちらは葉書の木
【参拝案内】(車の場合)
東京方面から来た場合国道4号バイパス(新4号)を北上し、
立体交差になっている薬師寺交差点で側道に降りて左折。
2つめの信号に大きな看板があるので右折。
そのまま直進すると一の鳥居に出る。
一の鳥居前に数台が止められる駐車場がある。
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